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東京地方裁判所 昭和41年(特わ)303号 判決 1969年5月29日

本店所在地

東京都中央区銀座西一丁目二番地

株式会社 宮入バルブ製作所

(右代表者代表取締役 宮入敏)

本籍

長野県諏訪郡富士見町落合五、九七四番

地内口

住居

東京都品川区西大井四丁目一二番二号

株式会社宮入バルブ製作所代表取締役

宮入敏

大正六年二月一日生

右被告人らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官山同譲次出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告株式会社宮入バルブ製作所を罰金一、八〇〇万円に、被告人宮入敏を懲役一〇月及び罰金二〇〇万円に各処する。

被告人宮入敏において右罰金を完納しないときは、金五万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

但し、被告人宮入敏に対し、本裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人勝又功、同平松勇、同沓掛邦雄に支給した分は、被告株式会社宮入バルブ製作所及び被告人宮入敏の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告株式会社宮入バルブ製作所は、もと大丸金物株式会社と称する資本金三五万円の株式会社であつたが、昭和三七年八月三〇日、商号を株式会社エムエスバルブ製作所と変更し、その目的を、(一)バルブ類の製造及び販売、(二)非鉄金属の圧延及び販売等に改め、本店を東京都千代田区神田紺屋町一八番地に移転したが、その後資本金一億円の別会社である株式会社エムエスバルブ製作所を合併して資本金一億三五万円となり(合併実行の日は昭和三七年一二月二〇日、合併登記の日は昭和三八年一月三一日)、昭和三八年一月二九日に本店を同都中央区銀座西一丁目二番地に移転し、昭和三九年五月一五日、商号を株式会社宮入バルブ製作所と変更し、さらに同年七月二八日宮入バルブ販売株式会社を合併して資本金一億七、五〇〇万円となつた株式会社であり、被告人宮入敏は、昭和三七年八月二九日、右会社の代表取締役に就任して以来引続き同社の業務全般を統轄しているものであるが、同被告人は被告会社の業務に関し、法人税を免れるため架空仕入を計上して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一、昭和三七年一〇月一日より昭和三八年三月三一日に至る事業年度において、被告会社の実際所得金額は別紙第一修正損益計算書記載のとおり一億二、三七〇万、七、五三四円であつて、これに対する法人税額が四、五八一万七、五八〇円であつたにもかかわらず、昭和三八年五月三一日、東京都中央区新富町三丁目三番地所在の所轄京橋税務署において同署長に対し、所得金額は七、六五九万四、八〇九円でこれに対する法人税額が二、七九一万五、二六〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の法人税額と申告税額との差額一、七九〇万二、四二〇円については法定の納付期限内に納付せず、もつて不正な行為により右同額の法人税を逋脱した

第二、昭和三八年四月一日より同年九月三〇日に至る事業年度において、被告会社の実際所得金額は、別紙第二修正損益計算書記載のとおり一億一、四〇一万七、一五一円であつて、これに対する法人税額が四、一八四万九、八四〇円であつたにもかかわらず、昭和三八年一一月三〇日、前記京橋税務署において同署長に対し、所得金額が七、五七〇万九、〇五二円でこれに対する法人税額が二、七二九万三、二〇〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の法人税額と申告税額との差額一、四五五万六、六四〇円については法定の納付期限内に納付せず、もつて不正な行為により右同額の法人税を逋脱した

第三、昭和三八年一〇月一日より昭和三九年三月三一日に至る事業年度において、被告会社の実際所得金額は、別紙第三修正損益計算書記載のとおり一億五、八六一万三、七六七円であつて、これに対する法人税額が五、八六八万三、八七〇円であつたにもかかわらず、昭和三九年六月一日、前記京橋税務署において同署長に対し、所得金額が一億一、三六二万三、五五九円でこれに対する法人税額が四、一五八万、七、九一〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の法人税額と申告税額との差額一、七〇九万五、九六〇円については法定の納付期限内に納付せず、もつて不正な行為により右同額の法人税を逋脱した

ものである。

(証拠の標目)

(一)  全般について

1  登記官坂本正夫作成の登記簿謄本

2  証人河合巖、同三原康男、同勝又功、同平松勝、同小村晋の各当公判廷における供述

3  三原康男の検察官に対する供述調書

4  押収にかかる総勘定元帳計五冊(昭和四三年押第三四五号の二、三、七一=以下押番号は同じにつき枝番号のみを示す)並びに法人税確定申告書計三綴(八〇、八一、八二)

5  株式会社宮入バルブ製作所代表取締役宮入敏作成の提出書五通

6  宮入敏の大蔵事務官に対する質問てん末書五通並びに検察官に対する供述調書三通

7  被告人の当公判廷における供述

(二)  修正損益計算書記載の各勘定科目のうち、

(1)  期末製品棚卸高について

8 証人小野清志、同菊地武に対する尋問調書

9 菊地武の大蔵事務官に対する質問てん末書

10 大蔵事務官大塚俊二作成の証明書一通(検察官請求証拠目録113のもの)

(2)  当期製品製造原価

11 平和相互銀行小山支店長弭間正士作成の証明書

12 河合巖作成の上申書二通

13 松井奈美子の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書並びに同人作成の上申書

14 宮入忠明の検察官に対する供述調書

15 大蔵事務官小村晋作成の架空売上等調査書類並びに架空仕入内訳表

16 大蔵事務官大塚俊二作成の証明書(前記10のもの)

17 押収にかかる請求書二冊(37)、受領書綴二綴(38)、納品書七冊(41)、法人税決議書綴一綴(85)

(3)  公租公課について

18 大蔵事務官小村 作成の土地明細表並びに公租公課の内訳表

(4)  諸手数料について

19 平和相互銀行小山支店長弭間正士作成の証明書

20 河合巖作成の上申書二通

21 松井奈美子作成の上申書

22 大蔵事務官小村晋作成の架空売上等調査書類並びに架空仕入内訳表

23 押収にかかる総勘定元帳計二綴(32、33)並びに手形受払帳一冊(36)-以上はいずれも東栄金属株式会社のもの

(5)  雑費について

24 大蔵事務官小村晋作成の簿外経費の内訳表

25 株式会社宮入バルブ製作所代表取締役宮入敏作成の上申書

(6)  受取利息について

26 大蔵事務官小村晋作成の調査書類、銀行預金合計表並びに有価証券合計表(但し、別表(二)預金関係明細表記載の預金等による利息等を除く)

27 同本山和博作成の銀行調査書類(右同)

(7)  貸倒準備金並びに価格変動準備金の各繰戻額、繰入額、繰入超過額、超過額認容について、

28 京橋税務署長津賀正二作成の照会事項についての回答書

(8)  雑収入について、

29 本島芳見作成の上申書

30 大蔵事務官小村晋作成の土地明細表

(9)  支払利息割引料について、

31 平和相互銀行小山支店長弭間正士作成の証明書

32 大蔵事務官小村晋作成の架空売上等調査書類、東栄金属に対する支払手数料の内訳表並びに割引料の内訳表

(10)  雑損失について、

33 大蔵事務官小村晋作成の有価証券合計表並びに有価証券売却損計算書

(11)  厚生会剰余金について、

34 大蔵事務官大塚俊二作成の証明書(前記10のもの)

35 株式会社宮入バルブ製作所厚生会規約写

(12)  交際費損金不算入について

36 株式会社宮入バルブ製作所代表取締役宮入敏作成の上申書

(法令の適用)

被告人宮入敏の判示各所為は、いずれも昭和四〇年法律第三四号法人税法(以下新法という)附則第一九条により、その改正前の法人税法(以下旧法という)第四八条第一項に該当するところ、情状により懲役刑と罰金刑とを併科するものとし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法第四七条本文、第一〇条により最も犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をなし、罰金刑については、同法第四八条第二項によりその合算額の範井内で処断すべく、よつて右刑期並びに金額の範井内において同被告人を懲役一〇月及び罰金二〇〇万円に処し、罰金不完納の際の換刑処分については、同法第一八条第一項により金五万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、諸般の情状を考慮して同法第二五条第一項を適用し、本裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

被告株式会社宮入バルブ製作所については、その代表者である被告人宮入敏が前示のとおりの違反行為をしたものであるから、新法附則第一九条により旧法第五一条第一項によつて同法第四八条第一項の罰金刑を科すべく、しかして本件においては、いずれもその免れた法人税の金額が五〇〇万円を超えるので、同条第二項を適用して五〇〇万円を超えその免れた法人税額に相当する金額(判示第一については一、七九〇万二、四二〇円、同第二については、一、四五五万六、六四〇円、同第三については一、七〇九万五、九六〇円)以下の範囲内において処断すべく、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項によりその合算額の範囲内において同被告会社を罰金一、八〇〇万円に処する。

訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により証人勝又功、同平松勝、同沓掛邦雄に支給した分は、被告会社及び被告人の連帯負担とする。

(公訴事実を含めた検察官の主張と弁護人の主張に対する判断)

一、本件公訴事実によれば、被告株式会社宮入バルブ製作所の各事業年度における実際所得金額は、

(1)  昭和三七年一〇月一日から昭和三八年三月三一日の事業年度一二四、七一一、八七三円

(2)  昭和三八年四月一日から同年九月三〇日の事業年度一一五、七〇四、四〇二円

(3)  昭和三八年一〇月一日から昭和三九年三月三一日の事業年度一六四、二八八、五〇四円

というにあり、検察官の冒頭陳述によれば、右所得金額の中には、公表金額のほか当期増減金額として、

(イ) 簿外建物に対する減価償却費、(ロ) 土地建物に対する公租公課の認容分として

右(1)の事業年度分につき、(イ)は四〇、九一五円

右(2)の事業年度分につき、(イ)は九六、八五八円

(ロ)は二四、九二〇円

右(3)の事業年度分につき、(イ)は一三七、〇〇八円、

(ロ)は四、七九九、四三〇円

をそれぞれ追加計上して当該事業年度における費用として損金算入を認めていること、またその反面、簿外預金に対する受取利息分として、

右(1)の事業年度分につき、一、三九八、四二二円

右(2)の事業年度分につき、三、六〇二、三六二円

右(3)の事業年度分につき、八、〇五四、八五二円

をそれぞれ追加計上して当該事業年度における収益と認めている。これに対し弁護人は、検察官が被告会社の所有であると主張する不動産(別表(一)不動産明細表)は、いずれも被告人宮入敏個人の所有であるから、被告会社の所得計算上前記(イ)、(ロ)の減価償却費並びに公租公課全額を費用として損金算入を認容すべきでなく(この点はかえつて被告会社にとり不利益な主張であるが)、受取利息についても、その源泉たる預金等で被告人個人に帰属せしめるべきものが誤つて被告会社の簿外預金とされているので、その分(別表(二)預金関係明細表記載のものと投資信託分)の受取利息は当然被告会社の所得から控除すべきである、その控除すべき金額(イ)と被告会社の簿外預金の受取利息額(ロ)は、

前記(1)の事業年度分につき、(イ)一、〇四五、二五四円、

(ロ)三五三、一七八円

前記(2)の事業年度分につき、(イ)一、九二七、九〇九円、

(ロ)※一、六七四、四五三円

前記(3)の事業年度分につき、(イ)六、〇一四、二一五円、

(ロ)二、〇四〇、六三七円

である旨主張する。

(※は別表(二)の受取利息額一七九万八、九〇九円のほか投資信託分一二万九、〇〇〇円を含む)

二、以上の各主張を判断するためには、被告会社、被告人並びに株式会社宮入製作所(昭和二六年四月、被告人が資本金二、〇〇〇万円で設立したが昭和三五年一一月二九日解散し、現在清算中の株式会社であつて。以下被告会社と称する。)の資産関係について概観し、かつ、被告人が被告会社の業務に関し、判示のような架空仕入を計上して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿し始めた時期とその金額について検討しなければならない。前掲2、3、7、11ないし17各記載の証拠を精査すると、被告人が被告会社の業務に関して河合巖、三原康男と協議して東栄金属株式会社を設立させ、同社より黄鋼屑の架空仕入れを始め、その代金決済方法として被告会社振出にかかる約束手形(満期日は一二〇日ないし一五〇日先)を交付し、三原らはこれを平和相互銀行小山支店で割引き、その割引料と東栄金属において約定の手数料一〇%を控除した残額を同行の定期預金として積立て、手形の満期が到来して決済されてからこの定期預金の元利金を現金化して被告人の許に届け、被告人はこれを被告会社の簿外預金としていたこと、右のような経緯により被告人が東栄金属より最初に現金を受領したのは昭和三七年三月六日であることが認められる(なお、右東栄金属より被告会社へ戻入された各事業年度毎の金額、それに対応する事業年度毎の簿外預金の発生額並びに戻入額と簿外預金発生額との差額は、別表(三)戻入資金明細書記載のとおりである。)もつとも被告会社代表取締役宮入敏作成の上申書(簿外諸経費についてと題するもの)によれば、被告会社においては昭和三六年四月一日以降簿外経費が存在したと主張しており、これによれば当然これに見合うべき簿外資産の存在が予想されるわけであるが、その主張にかかる簿外経費の額はそれ程多額ではなく、また証拠を精査しても、昭和三七年三月六日以前において被告会社が何らかの方法で簿外資産を蓄積していたという事実を確認することはできない。

一方被告人は昭和三五年五月末に前記別会社の株式を一億一、〇〇〇万円で渡辺惣七に売却譲渡していること、かねて所有していた大阪市東淀川区所在のLPG研究所の土地、建物を昭和三六年秋頃に代金一、七〇〇万円で売却していること、昭和三八年六月六日の投資信託を解約して二、〇〇三万六、七六五円の払い戻しを受けていること並びに同年九月五日には株式の公開により一億五〇〇万円を得ていることが認められる。もつとも検察官は、被告人が別会社の株式を渡辺に一億一、〇〇〇万円で売却したのは仮装の譲渡行為であると主張し、別会社における昭和三五年九月二〇日現在の貸借対照表中に、渡辺惣七に対する一億一、三三〇万円の貸付金があること、同人の社会的、経済的地位に徴しその経済的負担に耐え得ないこと等から、これを要するに被告人が別会社の預金等の財産を個人で流用する意図で、株式を渡辺に売却した態を装つて支出したものであると強調する。本件について判断するに当り、被告人が別会社の株式を渡辺に売却したことが、真実のものであるか或いは検察官主張の如く仮装にすぎないものであるかを確定する実益はない。何故ならば被告会社と別会社とは文字どおり別個独立の法人格を有し、法人税決定決議書一綴(前同押号の八六)によつて昭和三五年七月二〇日に別会社から被告会社に売却したことが認められる棚卸資産、製品、仕掛品及び材料以外の資産については、それぞれの会社に帰属していたことが窺われる。そして検察官指摘のとおり、別会社の渡辺に対する貸付金一億一、三三〇万円は別会社の昭和三五年九月二〇日決算期において残存しているのであるから、この貸付金債権は被告会社へ引継がれたものでないことは明らかである。ここでは或る資産が被告会社に帰属すべきか否かだけが問題となるのであつて、被告会社に帰属しないと認められれば、それが何人の所有であるかは確定する必要はないのである。

(イ)  そこでまず別表(一)記載の不動産について、それが被告会社の所有であるかどうかを検討する。

証拠によつて認定した前示被告会社及び被告人の資産関係と、証人勝又功並びに被告人の各当公判廷における供述とを総合すると、別表(一)不動産明細表記載の各不動産のうち、相模湖町字関山の土地(番号6ないし17)は、いずれも契約年月日は昭和三六年一〇月及び昭和三七年三月二九日であり、その買入代金九五一万五、六〇〇円のうち二五万六、〇〇〇円を除いた九二五万九、六〇〇円は昭和三七年六月以前に支払われていること、当時被告会社にはその支払いに応ずる残存簿外資金はなかつたと思われるに反し、被告人にはその資金が手許に存在していたと認められることから被告会社において買入れたものとは認め難く、また町田市相原の土地(番号4、5)、浦和市別所の土地(番号24)、大阪市東淀川区塚本の土地(番号25)並びに建物全部(26ないし29)については、当時被告会社に残存簿外資金の存在は認められるも、前掲各証拠によればこれらの不動産は、被告人がかねて所有していた大阪市東淀川区所在のLPG研究所の土地、建物を売却した資金をもつて買入れた事実が窺われるので、以上の各不動産を被告会社の所有と認めるについては躊躇せざるを得ない。しかしその余の不動産(番号1、2、3、18ないし22)については、前掲各証拠を総合すれば被告会社の所有と認めることができる。従つて、被告会社の所有と認められない分については、会社の経費として損金算入を認めるべきではない。

(ロ)  次に別表(二)預金関係明細表各記載の簿外預金に対する受取利息が、被告会社に帰属すべきか否かについて検討すると、証拠によつて認定した前示被告会社及び被告人の資産関係と、証人小倉信雄、同佐藤増彦、同村上健一、同佐藤和弘、同内田貞二郎並びに被告人の各当公判廷における供述、領収証書三通(弁第五一号の一、五二号の一)五三号の一とこれらの証拠によつて推定される別紙(二)預金関係明細表各記載の預金の推移状況とを総合して考察すると、その預金の発生源が被告会社の前記戻入資金以外の原因によるものである可能性が認められる。預金の推移というも、要するに過去における預金関係を、預入日、解約日、元利金等を基礎とし、その同一性ないし近似性に重点を置きつつ継続関係を結びつけたものであるから、あくまでも推定にすぎず、絶対的なものでないことは当然であるが、一般に高額の銀行預金は、契約による預入期間が満了しても預金債権者において特にその資金を必要とする等の特別な事情がないかぎり、そのまま更新して預金を継続することが常識となつているのであつて、これを前提とした預金の推移を不当に軽視することは妥当でない。そして右各預金の発生源が被告会社の戻入資金以外の原因による可能性が存在し、かつ被告人においてこれが被告会社に帰属することを争つている以上、積極的に被告会社のものとして認定することはできないのである。ただしそれが被告人に帰属すべきか別会社に帰属すべきかの点について判断する必要はない。従つて右各預金に基づく受取利息もまた、被告会社に帰属すると認められないこと当然である。

もつとも被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書並びに検察官に対する供述調書の記載中には、前記不動産並びに簿外預金がいずれも被告会社の所有であるかの如く認められる部分も存在するが、これらの各記載は、前掲各証拠と対比して検討すると、客観的事実に符合しないと思われる点もないわけではなく、直ちにそのすべてを信用することはできない。

(ハ)  よつて検察官が冒頭陳述において主張する各修正損益計算書の当期増減金額欄中、減価償却費(支出の部)の科目の全額を控除し、また同欄の公租公課(支出の部)、受取利息(収入の部)並びにこれら認定所得額の減少に伴う事業税認容(支出の部)の各科目については左のとおりの額を認定する。

(Ⅰ) 公租公課 裁判所の認定額 検察官主張の金額との差

三八、四、一-三八、九、三〇 一、六四〇円 二三、二八〇円

三八、一〇、一-三九、三、三一 四、五九六、九六〇円 二〇二、四七〇円

(Ⅱ) 受取利息

三七、一〇、一-三八、三、三一 三五三、一六八円 一、〇四五、二五四円

三八、四四、一-三八、九、三〇 一、六七四、四五三円 一、九二七、九〇九円

三八、一〇、一-三九、三、三一 二、〇四〇、六三七円 六、〇一四、二一五円

(Ⅲ) 事業税認容

三八、四、一-三八、九、三〇 五、六五三、五二〇円 一二〇、五二〇円

(弁護人の主張に対する判断)

第一、弁護人は、

一、被告会社は株式会社エムエスバルブ製作所を、合併期日を昭和三七年一二月二〇日として合併し、昭和三八年一月三一日にその登記をしたものであるが、法律上登記によつて合併の効力を生じ、権利の移転もこの時に生ずるのであるから、登記前になされた行為の法律的効果は、その行為をなした会社に帰属すると解すべきである。ところで本件においては、合併までの事業活動は、被合併会社である株式会社エムエスバルブ製作所が行つていたものであつて、合併会社たる被告会社は、事実上何らの事業活動を行つていたものではなく、ただ合併会社の発行する株式が単価五〇円であり、被合併会社の発行するそれが五〇〇円であつたため、株式市場へ上場するためには五〇円株の方が有利であるところから、実質的活動をしていない被告会社へ合併することとしたものである。従つて合併期日から登記までになされた活動に対する収益は、当然被合併会社に帰属するものであつて、被告会社に帰属せしめるべきではない。

二、本件公訴事実(検察官が冒頭陳述において主張したもの)においては、逋脱所得として次のものが含まれている。

(1) 青色申告書提出の承認取消に基づくものとして左表記載の金額

<省略>

但し、金額の上に△印を付したのはマイナス項目である。

(2) 昭和三七年一〇月一日より昭和三八年三月三一日に至る事業年度における分として、冒頭陳述書の修正損益計算書並びに逋脱所得の内容<2>期末製品棚卸高に、

ボデイフランチ等部品 八、〇〇〇、二五二円

その他部品 二、五五一、二六三円

出張員持出分部品 七五、七三一円

計 一〇、六二七、二四六円

の各計上洩れ、

同じく<4>当期製品製造原価に、

期末スクラツプ計上洩 八五二、一九〇円

工具室の消耗工具 三四三、二四二円

未使用金型 二二三、八〇〇円

仕掛品計上洩 一、四八八、六七九円

計 二、九〇七、九一一円

の各計上洩れ、

同じく<44>厚生会剰余金 三六、四〇八円の否認分

しかしながら、右<2>及び<4>の各計上洩れは、会計処理の方法について税務当局と被告会社の間で見解の相違があつたもの、たまたま出張員が現地で所持していた部品とか、過誤によつて計上を洩したもの等であつて、いずれにしても不正行為によつてことさら秘匿したものではないし、また<44>は本来経費と見るべきものであるが、仮に然らずとするも会計処理上の問題であつて不正行為とは関係がない。

(3) ところで旧法第四八条にいう「詐欺その他不正の行為により(中略)法人税を免れた」とは、過少申告の場合にあつては、その過少申告自体が税金を免れることにつき、直接原因となる行為に該当することは間違いないが、しかし申告とは、狭義に解せば税務当局に対する課税所得金額の通知行為であつて、同条の不正の行為は、右過少申告のほかに課税所得計算過程においても存在しなければならないというべきである。これを犯意の点から考察すれば、行為者としては、課税所得計算過程における不正行為の認識と、不正に算出された所得金額を申告して税を免れるという認識と二個の認識を必要とする。従つて前記(1)及び(2)において主張したものについては、被告人としては何ら不正行為にも該当しないしまたその認識もないのであるから、此の部分については結局責任がなく、本件逋脱所得から控除すべきである。

とそれぞれ主張する。

第二、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、被告会社が株式会社エムエスバルブ製作所を合併したことに関し、合併実行の期日から合併登記までの間における損益の帰属について、

被告会社が株式会社エムエスバルブ製作所を合併したが、いわゆる合併実行の日が昭和三七年一二月二〇日であり、合併登記のなされたのが昭和三八年一月三一日であること証拠によつて明らかである。商法第四一六条(第一〇二条を準用)によれば、会社の合併は合併会社の本店所在地において登記をすることによつて効力を生ずるものとされている。しかしながら法人の合併は、通常登記以前において事実上その形態を整え、被合併会社の資産、負債、諸帳簿等一切が合併会社に引継がれ、その後の経済活動は合併会社が行い、その記帳等も合併会社の帳簿になされているのである。このような実情の下にあつては、実際に合併の実行された日以後登記までの間における取引の成果を合併会社と被合併会社に区分することは事実上困難であるから、合併実行後における被合併会社の取引の成果を合併会社のそれに含めても差支えないとしているのである。(昭和三〇年直法一-一七四(一〇)法人税取扱通達参照)。いまこれを本件について見るに、前示のとおり昭和三七年一二月二〇日を合併実行の日とし、公表帳簿上もこの日を基準として財産の引継を行ない、同日以降はすべて被告会社の営業としていたことは証拠によつて明らかである。従つて架空仕入等いわゆる簿外取引もまた合併実行の日以降は、被告会社の営業と認めるのが相当であつて、検察官が被告会社の損益計算をするに当り、右昭和三七年一二月二〇日以降昭和三八年一月三一日以前の分を含めたのは相当である。弁護人のこの点に関する主張は理由がない。

二、逋脱所得の計算上、不正の行為に該当せず、またその認識もなかつた分についてはこれを控除すべきであるとの主張について、

弁護人が前記第一の二の(1)において指摘する各金額は、いずれも税務署長により青色申告書提出の承認を取消された結果損金に算入することを否認されたものであること、また(2)において指摘する各金額は、それぞれ弁護人主張のような事情にあつたもの(厚生会剰余金は、すべての証拠を検討しても被告会社の経費とは認められない。)であること弁護人の主張するとおりである。

ところで我国の税制はひろく申告納税制度を採用しているのであつて、法人税においてもこの例外ではない。一般に法人税は、法人が事業年度を経過することによつて、客観的にはその年度における税額が決定し納税義務が発生するわけであるが、(これを便宜上抽象的租税債権と呼ぶ)、しかしこの段階においてはあくまでも抽象的に存在する税額とその納税義務にすぎないのであつて、具体的な納付の対象とはなり得ず、具体的に納付すべき税額は、法人の確定申告によつて始めて確定するのである(これを便宜上具体的租税債権と呼ぶ)。勿論具体的租税債権の確定方法は、申告制度のみによるものではなく、税務当局による賦課処分によることも可能であるが、法人税法はいわゆる租税民主主義の立場から第一次的に納税義務者による誠実な申告によつて具体的租税債権の確定を期待し、納税義務者によるこの確定手続きがなされないか、或いはなされても不的確であると認められるような場合に、始めて第二次的に税務当局によつて決定又は更正の処分が行われるのである。このように納税義務者のなす確定申告という手続きは、税法上抽象的租税債権を具体的に確定せしめるという重要な法的効果を有するものであつて、弁護人のいう如く単に課税所得金額の通知という程度に止まるものではない。

次に旧法第四八条における詐偽その他の不正の行為とは、本件の如き過少申告犯についていえば、抽象的租税債権を具体的に確定させる段階において、国の有する正当な租税債権を侵害するおそれのある虚偽過少の申告がなされることをいい、またこれをもつて右にいう不正の行為たるに欠けるところはないというべきであつて、弁護人のいう如く、虚偽過少の申告のほか、課税所得計算過程においても不正の行為が存在しなければならないものとは考えられない。加うるに弁護人のいわゆる課税所得計算過程における何らかの偽計その他の工作は、不正の行為の内部的準備行為と見るのが相当であつて、このことは前示のように申告手続の有する税法上の意義に鑑みても明らかである。従つて弁護人が課税所得計算過程においても旧法第四八条にいう詐偽その他の不正の行為の存在が必要であることを前提として、前記(1)、(2)の各場合はいずれも不正の行為に当らないと主張する点は、当裁判所と見解を異にするので採用のかぎりではない(なお附言すると、同条にいう詐偽その他の不正の行為に該当するか否かは、弁護人のいうように個々の科目ないし行為を切り離して、それぞれに法的評価をすべきものではなく、或る事業年度における行為全般を包括して法的評価をすべきものである。このことは、法人税逋脱犯が一事業年度における法人税の逋脱をもつて一罪としていることからも当然である。)

また弁護人は前記(1)、(2)の場合には不正の行為たるの認識がなかつたというが、かかる場合に不正行為の存在を必要としないこと、不正の行為か否かの法的評価は行為全般を包括してなすべきものであつて、個々の科目ないし行為を切り離してそれぞれに評価すべきものではないことは前示のとおりであるから、さらにすすんでその認識の有無について判断する必要はない。

ただ青色申告書提出の承認取消による損金算入の否認による加算分とか、計算上の過誤又は税務当局と見解を異にしたため否認されて所得額に計上された場合のこの金額については、逋脱所得たるの認識がないから故意を阻却し、従つて逋脱所得から控除すべきであるとする趣旨の主張について当裁判所の判断を示す。

(イ) まず青色申告書提出の承認取消による損金算入の否認による所得額の加算について、

弁護人の主張する前記第一の二の(1)の各金額は、いずれも所轄京橋税務署長により、昭和四一年五月一九日、法人税法第一二七条(新法)第一項の事由に該当するとして、青色申告書提出の承認を取消された結果、損金に算入することを否認されたものであることは、その指摘するとおりである。これら貸倒準備金及び価格変動準備金は、税務署長より青色申告書提出の承認を得ている者が、法人税法及び租税特別措置法に基づいて受ける税法上の特典であるが、反面法人税に規定する事由に該当するときは(旧法第二五条第八項)、税務署長はその事実があつたと認められる時まで遡つて青色申告書提出の承認を取消すことができ、この処分がなされれば右の各特典も認められなくなり、所得の計算上損金に算入することは許されない結果となるのは当然である。

ところで企業経営者としては、自己の企業活動の成果たる所得に対する租税の賦課、徴収について特に強い関心を有するものであること、そしてその負担の適法な軽減方法に関し日夜腐心していることは公知の事実である。青色申告制度の本来の目的は、納税者をして帳簿に取引事実を正確に記録せしめることにより、自己の企業活動の成果を的確に把握させ、もつて真正な課税の実現を期することにあるが、同時にこれが奨励、援助のため採られている税務行政上の諸特典の効果もまた軽視することはできないのであつて、むしろ納税者が青色申告書提出の承認を求める主たる目的も、これに併う税法上の特典を受けることにより税負担の適法な軽減を図るにあるといつても過言ではない。企業経営者の租税に対する態度が右のようなものであり、いやしくも青色申告書提出の承認を得又は得ようとするものとしては青色申告制度の趣旨、特典のみならずこれが取消の要件及び取消された場合に蒙る措置等この制度一般について一応の理解を有するであろうことは容易に首肯し得るところである。

いまこれを本件について見るに、証拠によれば被告会社は各判示の事業年度において青色申告書提出の承認を受けていたものであるが、被告人は判示のように法令に定められた記帳義務に違反して架空仕入を計上する等して結局本件各逋脱行為に及んだものであること、また被告人自身青色申告制度について十分認識しており、架空仕入の計上等不正経理を行つていた以上、税務当局にその事実が発覚すれば当然取消処分を受けるべきことを承知していた事実が認められるのである。以上の事実に徴すれば、被告人としては青色申告書提出承認の取消処分について全く認識がなかつたとはいえない。

ただ青色申告書の提出承認の取消処分は、第三者たる税務署長のなす行政処分であつて、納税者に法令の義務違反があつた場合、自然発生的にその効果を生ずるものではなく、また本件の如き逋脱犯は、法定の納期を経過することによつて既遂に達すると解されるところ、このような処分は通常その納期を経過した後に行われ、これが当該事業年度まで遡つてその効果を生ずるものであるが、税務署長の右取消処分は、納税者の法令義務違反という厳格な要件に該当することによつてはじめて許される処分であるから、納税者の義務違反行為とその取消処分に基づく効果との間には、刑法上の因果関係を認めるのが相当であり、さらに犯罪の結果の大小は既遂に達した時点において確定するものではなく、裁判時を基準としてその行為と因果関係が認められる範囲において認定すべきものであるから、裁判時までに取消処分がなされておれば、この処分に基づく効果をもその結果として認定するを妨げないのである。

右のような次第であつて、被告人としては自己の法令義務違反による青色申告書提出承認の取消という処分のあり得ることを、確定的でないにしても認識しながら敢て右違反に出たものである以上、その効果として貸倒準備金及び価格変動準備金として損金算入したものが否認され、当該事業年度分の所得に計上されることも予測していたといわざるを得ないのであつて、これに対応する税額について逋脱の認識がなかつたとはいえない。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。

(ロ) 税務当局と見解を異にしたり、会計処理の誤びゆうから所得に加算された分について、

弁護人の主張する前記第一の二の(2)の各金額は、その主張のような事情に基づいて計算されたものと認められることは前示のとおりである。

また法人税逋脱犯が故意犯であることについては異論を見ない。しかしながら認識の対象となるべき構成要件事実の内容については、実務上必ずしも一致しているわけではないが、当裁判所としては、本件の如き過少申告による法人税逋脱犯の故意としては、行為者において納税義務者たる身分を有すること、確定申告書に記載されている所得額並びに法人税額が真実の所得額並びに法人税額よりも過少であること、したがつてその確定申告により法人税を不当に免れる結果が発生すること、について認識があれば、構成要件事実に対する認識としては欠けるところはないものと解する。右の点について概括的な認識があれば、たとえ真実の所得額ないし法人税額、免れるべき法人税額又は法人の所得を構成すべき各勘定科目ないしその金額、その発生の原因及び経緯等については、具体的に認識することを要しないものであつて、またこのことは所得を構成すべき個々の取引事実又は会計上の処理すなわち会計事実について、たまたま錯誤があつたり誤びゆうがあつても同様である。

そもそも法人税法にいう所得は、法人等企業体の経済活動の成果たる利益を基礎とし、これと表裏一体の関係にあることは、新法第二二条の規定の趣旨にてらして明らかである。すなわち法人等企業体においては、経済取引の結果について、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算して得られた収益の額並びにその収益に対応する原価、費用に対し、税務上の諸調整を加えたものを益金又は損金の額とし、益金の額から損金の額を控除したものを所得としている(右規定の趣旨は、旧法当時においても妥当するものと解される。)。ところで法人等企業体は、その経済活動の成果たる利益の実現を意図して、有機的かつ継続的に行動しているのであつて、個々の取引事実毎に独立してその成果を認識しているわけではなく、或る特定の期間(事業年度)における全取引を集積し、これについて包括的にその成果を認識するものである。勿論個々の取引事実の中には、法人等企業体の経営者において直接覚知しないものもあり、また会計処理に当つては客観的には妥当を欠くものや誤びゆうの存在し得ることは、常識的に見て十分予想し得るところであるが、経営者としては、そのような事態の存在を予見しつつも、なおこれらを包摂した企業活動の成果を意図しているのである。企業活動の実態が右のようなものである以上、その全般について概括的な認識が存在すれば、これに内包される個々の取引事実又は会計事実に関するかぎり、その認識の範囲内にあるものとして(またそれは同時に法人税法にいう所得額の認識にも連る)、法律的な故意の存在を肯定して差支えないものといえる。

本件においても、被告人は被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統轄し、その企業活動の成果を挙げることに認識していたことが明らかであるから、たまたま弁護人の指摘するような事実があるからといつて、その部分につき認識を欠くということはできないのである。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤暁)

第一 修正損益計

株式会社 宮入バルブ製作所

自 昭和37年10月1日

至 昭和38年3月31日

<省略>

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第二 修正損益計算書

株式会社 宮入バルブ製作所

自 昭和38年4月1日

至 昭和38年9月30日

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第三 修正損益計算書

株式会社 宮入バルブ製作所

自 昭和38年10月1日

至 昭和39年3月31日

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別表(一)

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別表(二)

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別表(三) 戻入資金内訳表

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